はい哲学科研究室です

永井玲衣の考えることをつづけるためのノート

ひとりだとよく泣く

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中川雅道さんというふしぎな人がいて、何度か会ったり話したりしたことはあるものの、でも何を考えているのかはつかみとりきれない、そして彼が哲学対話(子どもの哲学 p4c)をしていて、たまにでかいアロハシャツを着ていて、知らない誰かに居酒屋で靴を履かれて帰られてしまって「ああ…」ってつぶやいて、その落ち込み具合がすごかった、みたいな、そんな断片しか受け取ることが出来ていない、そういう人がいます。そしてわたしは、なんだかそんな中川さんの活動を追っかけて見てしまうのでした。


社会って一体何なんだろうなあとか考えながら、路地裏などをずっとうろうろ歩きまわっている毎日だけど、昨日中川さんからクラファンのメールがぽんと来て、リンクがついてて、見てみると、気になる文章が書いてあった。

 

「ひと粒の葡萄。小さいけれど張りつめている。」

 

張りつめているっていい言葉なのだった。わたしたちもまたひと粒の葡萄のように、可能性とか、緊張とか、考えるとか、しんどいとか、笑いとか、そういうものが張りつめているのだなあ。

中川さんは、学校で哲学対話をしながら、尼崎市の子どもたちとも、グレープハウスというところで哲学をして過ごしているらしい。でも尼崎市の子どもたちの状況はきびしい。

 

「私は欲深いので、そういった社会状況そのものへチャレンジしたいと考えるようになり[……]尼崎市のグレープハウスに、シェアハウスとしての機能を開設したいと考えるようになりました。」
 

そんなふうにメールに書いてある。「欲深い」っていいなあ。わたしも欲深いから、こういうのはどんどんやりたいのでした。


ケアと哲学と対話(わたしはぜんぶ同じことと考えているけど)(ざつすぎ?)が、とにかくいろんなひとのかたわらにあればいいのにって思うので、そう思うよ!って思うひとは、まあ思わなくてもいいんですが、このプロジェクトを通して考えましょう。そして、下記のリンクを読んで、お金を振り込むと、もっといいでしょう。


家庭を頼れない子どもたちのための自立支援型シェアハウス設立(尼崎市) - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)


(突然の近況)

・しばらく行ってない上智から、図書館の本を返してなさすぎてぶちぎれの電話がきてこわかった。今後の貸し出しが一定期間制限されることについて「腑に落ちないだろうけど、それは申し訳ありませんってことなんで」って言われた。腑に落ちない人間だと思われている。

・「怒り」がまじでよくわからなくなってしまって、インスタのストーリーで友だちに「怒りってなに?」って聞いたら、映画「怒り」とかRage Against the MachineとかThe 1975とか「ゆきゆきて神軍」とかIversonとかダンスとか漫画とか、とにかくいろいろなものが集まってきた。なかでも「ゆきゆきて神軍」はめちゃ怒ってた。

・新宿の南口に行ったら、数日前に全感覚祭やった場所にずらっと植木が置かれてた。東京ってまじで場所がないよな。場所ってどこにあるの?みんなは場所って見たことありますか?

・まちなかで「牛丼」という字を見て、なんてシンプルな字なんだと突然衝撃をうけ、これを「ぎゅうどん」と読むことができるというその言葉のふしぎに感動してぼろぼろ泣いた。わたしはひとりだとよく泣く。

シーサーには怖い顔をしてほしい


水曜日

店員が私語している喫茶店が好きだ。近所のさびれた喫茶店は、店員たちがみな世間話をしたり、でかい声で指示出しをしたりしていてとてもいい。

ひまな時は、みんなぼんやり外を見ている。わたしもつられて外を見る。たまに街を歩くひとがそれに気がついて、ぎょっとしている。

10時くらいに喫茶店に着いて、お腹はすいたがモーニングを食べる気がおきず「ビーフカレーください」と注文したら「え!?うそ!?」と言われた。

フレンドリーさの現れとか、客との軽いコミュニケーションのつもりではない、純粋なリアクションだった。

そのまま店員さんは厨房に行き「店長!なんか、ビーフカレーだって!!」と叫んでいた。


いしわたり淳治さんの『言葉にできない想いは本当にあるのか』を読む。



金曜日

いちばん憂鬱な匂いって何だろうとずっと考えていた。
そういえば、寺山修司がエッセイで「味噌汁くさい」という表現をしていた。

味噌汁、あたたかく家庭的なにおいの代表だし美味しいけど、異様な閉塞感も心によぎる。味噌汁。メランコリックなにおい。

 


土曜日

電車に乗る。混み合う車内とマスクが息苦しくて、倒れそうになる。頭の中で湯を沸かして、そこに水をいれ、ちょうどいい温度にする様子を想像して気を紛らわせる。

あーーっ、熱い、熱いよこれは、しかも吹きこぼれそうだ、危険、あぶないよ、ここに水をいれよう、ああ、ほらちょうどよくなった、これでちょうどいいね、よかったなあ。

こんなことを考えていれば、すぐに目当ての駅に着いてくれる。

 

バーンスタインの『暴力』を読む。読み終わらない。



月曜日

すごい強風の中を、でかいパイナップルを生で持って歩くおじさんとすれちがう。熱々のコーヒーを持つように、上と下を丁寧に支えている。

よく見ると、小指と薬指でさらに食パンを2袋はさみこんでいた。もはや手品師。

といいつつ、わたしもマイバッグを忘れて白菜をそのまま手に持って帰ったことがある。大抵のことは気にしなくて大丈夫なのだ。

荒井裕樹さんの『車椅子の横に立つ人』とジョナサン・ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』を読む。

 


水曜日

コンビニに行くと、コピー機の前で若い女性の店員さんと、女性のお客さんが深刻な顔をして何かを話している。

操作方法がわからないのかな、と思いながら栄養ドリンクを選んでいると、店員さんの「搾取されている可能性があります」という声が聞こえてきてどきりとする。

お客さんは「なるほど」と頷いている。気になってしばらくその場に立っていると、店員さんが「はい、ありえる、があります」と言う。


「ありえるがある」っていいな。使いたい。結局何の話だったんだろう。

藤原辰史さんの『戦争と農業』を読む。藤原さんの本はおもしろいなあ。

 

木曜日

しんどい打ち合わせをする。なめられてるな〜と思いながら話すのはつらい。

頭の中でずっとMAGIC!の『Rude』を流す。

www.youtube.com

 

Why you gotta be so rude?
Don't you know I'm human, too?

なんでそんなに無礼なんですか?

わたしも人間だってわかってくれてますか?


レゲエ調で楽しい曲。みなさんもぜひ無礼な態度を取られたらこの曲を流しましょう。

燃え殻さんの『すべて忘れてしまうから』とクァク・ジョンナンの『日本手話とろう教育』を読む。

 


金曜日

いつもお世話になっているCLPのSさんから「このあとお電話してもよろしいでしょうか?」というLINEが届く。丁寧すぎ。

以前、何かの用で電話したら、喧騒の中忙しそうな雰囲気のSさんが出て「すみません、ちょっと今電話に出れなくて!」と言われた。電話に出れないことを、電話に出て伝えてくれる。出れないときは無視してほしい。いい人すぎる。


学生におすすめの哲学書ありますか?と聞かれる。「アルテイシアさんって知ってる?『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』っていういい本があって〜」とペラペラ喋りながら、アルテイシアさんの本は哲学書じゃないことに気づく。

しょうがないので「あとはやっぱりサルトルだね」と言ってごまかす。



日曜日

散歩中、きれいな花だと近づいたらジョアが差し込まれていた。

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ポイ捨てという野蛮かつ大胆な行為にもかかわらず、微妙に花と同じような色合いだからいいだろう、というせせこましさが垣間見える。


散歩しすぎて迷子になる。


火曜日

newQメンバーと仕事。代表の瀬尾さんはいつも、メンバーの変化に気づき「髪切ったんですね」と言ってくれるのだが、そのあとに必ずあばば、となっている。確かに、相手の髪型の感想を言うのはむずかしい。

「素敵ですね」も何か変だし、「さっぱりしましたね」というのも「これまでもっさりしてたな」みたいな感じになってしまう。

だからか、瀬尾さんはいつも「はい切りました」と誰かが言うと、数秒沈黙したあと「切ったんですね〜」と言っている。確認作業。


知人におすすめされたダイアン・J・グッドマンの『真のダイバーシティをめざして』を読む。

 


水曜日

シーサーには怖い顔をしていてほしいな、とふと思う。災難を家に入れない、みたいなことだったらなおさら、常に威嚇していてほしい。でもそれってエゴだよな、と悩む。

調べてみると、幸福を招き入れるという意味もあるようだった。それは確かに笑顔の方がいいだろう。じゃあ笑顔と怖い顔のシーサーを二つ置いておけばいいのだろうか。


ああ綺麗な海とか見たいな。入らなくてもいい。てか、海に入ったことがない。わたしはひとより、やったことがないことが多い気がする。キャンプとかもしたことない。あと自転車に乗れない。


数年前、横浜の小学校に哲学の授業をしに行った帰り、大学院の先生が「みんなに海を見せたいから、少し遠回りして帰りましょう」って言ってくれたことがあった。うれしかったな。「ここです!」と見せてくれたのは、ただ水が溜まっているだけの場所だったけど。

「先生、これ海じゃないです」ってみんな言ってた。

ああいう先生になりたいや。

 


木曜日

D2021で制作した映像にyoutubeの字幕をひたすら付ける。いろいろな不幸が重なって、数時間かけてつけた字幕が無になる。だが、時間をかけた仕事を自分で無にしてしまうことには慣れているので、落ち着いて現実を受け止める。

仕事先でも、ちょっとした隙間時間でもpcをひらいて、さらにちまちま作業する。何度も消えたりずれたりするので、また修正する。

ついに数日かけた字幕が出来上がったと思ったら、なぜかまた消えてしまった。さすがに絶望する。特技は「運命を受容するスピードの速さ」のはずだったのに。

夜は入管法改悪反対のデモに行く。友だちと合流して、いろいろなひとのスピーチを黙って聞く。

帰りの日比谷線で、友だちと「手のひら」っていいよね、という話をする。「動物のお腹みたいですよね」と友だちがささやくように話す。綺麗な声。


別れたあと、Moment joonさんの「TENO HIRA」を聴いて帰る。

 

水曜日

2回くらい断ったのに「いえ、どうぞどうぞ」とすすめられた後に、じゃあと食べると「あっ、このひとすごいこれ食べたかったんだな」って思われる気がする。

別にそういうことがあったわけじゃない。思考実験です。


夜はみんなでフーコーの研究会。ツチヤさんが『監獄の誕生』を読んで「いい話だな〜!」と言う。別にいい話ではない。ツチヤさんが「哲学者は、考えさせられる話をいい話と言うんです」と弁明する。めっちゃ分かる。わたしもアリストテレス読んでて言った。

あと哲学(研究)者は「わかりにくい」ことに異常に耐性がある。難しい哲学書も涼しい顔をして読んでいるが、別にわかっているわけではない。わかりにくさに慣れているだけだ。


いろいろなところで爆推しされている小島庸平さんの『サラ金の歴史』を読む。歴史学ってすごい。おもしろい学問がいっぱいあるなあ。

 

 
何となく続いている「ただ生きているだけ日記」はnoteにも書いていましたが、こちらにうつしました。よかったらどうぞ。

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